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宮城県の遺産 
品井沼の干拓
・場所:宮城県大崎市鹿島台
・説明:品井沼は大崎平野を流れる、吉田川と鳴瀬川が合流する地域にあった沼です。
 江戸時代には一帯が大きな湿地帯で、しばしば洪水の被害を受けていました。
 この水害から地域を守り、豊かな水田を作るために、江戸時代から現代にいたるまで、開拓のための事業が繰り広げられてきました。
 鎌田三之助らは、反対する人を一生懸命説得し続けました。
 様々な苦労と努力の末、工事は、1910年(明治43年)に完成し、12月26日松島町幡谷の松葉山を式場として盛大に通水式が行われ人々の喜びは大変なものでした。明治潜穴の完成によって、たくさんの土地が干拓され農地が作られました。
 しかしながら、大雨が降ると吉田川からの大水が流れ込むのと鳴瀬川の水が逆流して流れ込むために堤防が切れて家や田畑が年度も流されました。昭和になると吉田川を沼から切りはなして新しい吉田川をつくり、直接海へ流すようにしました。水は新しい吉田川の下を流すためにサイフォンを作り高城川へ流れるようにしました。
わらじ村長






 鎌田三之助村長は、水害から守ってくれたこの閘門をただ捨てることはしのびないとして、品井沼干拓の歴史を長く後世に伝えるため、昭和五年十月鹿島台小学校の校門にされた。