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松島
松島五大堂
・場 所:松島町松島字町内111
・踏査日:2005.4.9、2006.11.10
・説 明:1604年に伊達政宗が紀州の工匠鶴衛門家次を招いて再建
 東北地方最古の桃山建築。軒まわりの蟇股に、方位に従って十二支の彫刻が配してある。
・指 定:国指定文化財

ライトアップ






四方には十二支「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」が彫られている。
十二支 本殿の裏(北側)から中央 子(ねずみ) 写真は私の辰


鬼瓦




五大堂「すかし橋」について
 五大堂は瑞巌寺守護のために五大明王が祀られている堂宇であり、島全体が聖域とされている。すかし橋は、江戸時代中頃の記録にすでに見られ早くから透(すか)しの構造であったことが知られる。五大堂への参詣でには、身も心も乱れのないように脚下(あしした)をよく照顧して気を引き締めさせるための配慮と思われる。







瑞巌寺
・場所:宮城県宮城郡松島町松島字町内91番地
・踏査日:2002.4.9、2006.11.10
・説明:
開創は平安のはじめ、滅亡・開山・衰退を経て、伊達政宗が仙台城の造営と併せて神社仏閣の造営も行った。
参道
 総門をくぐると杉木立が続く。明治維新前には参道の両側に、片側6軒ずつの塔頭(子院)が並ぶ洞窟群には五輪塔や笠付塔婆など無数の墓標が安置されたり、壁面に彫りつけられている。


ライトアップ


本堂(方丈) 国宝 
 南東に面し、南西端に御成玄関を伴い、南東端は、庫裏に続く回廊に接続する。大きさ正面39m、奥行25.2m入母屋造・本瓦葺きで、部屋は10室に分かれる。慶長9年から足かけ5年をかけ、同14年(1609)年完成。材料は熊野から運ばれ、京都・根来の大工衆が技を競った。


菊の間
薬草の菊の絵が描かれている。筆者は狩野左京一門



唐戸


唐戸のアップ






庫裡(国宝)
 禅宗寺院の台所である。正面13.78m、奥行き23.64m。大屋根の上にさらに煙出しをのせる。他にない巨大さで、本来実用本位の建物に唐草や花肘木の彫刻が施されたことに、政宗公の美意識をうかがえる。


朝鮮梅 紅白臥龍梅


総門
・説明:一間一戸袖塀付の薬医門
     1609年、伊達政宗建立
     扁額「桑海禅林」「そうかいぜんりん」
・指定:宮城県指定文化財






中門 国指定文化財
 本柱の前後に支柱を2本ずつ計4本を建て、本柱上に棟線が乗る前後対象係の四脚門で、切妻造、こけら葺。絵様肘木、虹梁木鼻は奇抜で独創的。壁が無く、骨組が露出した雄勁にして枯淡な門である。御成門・中門の対照的意匠が注目される。ともに慶長14年(1609)頃の建築


瑞巌寺 御成門 国指定文化財
・説明:1609年頃の建築。
 本柱の後方に控柱を建て、前後の柱のの中央に屋根の棟線が来ないで全面にずれる 薬医門の形式で、入母屋造、本瓦葺、軒の出も深く重厚な門である。
・指定:国指定文化財