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相馬野馬追い
・場所:
・撮影:
・説明:平将門が、延長年間(923−930)に行った軍事訓練が野馬追いの起源とされる。
 荒駒を敵に見立てて追い駆ける軍法訓練と、崇拝する戦いの神「妙見」に捕えた馬を奉納する神事として始まったという。
 相馬家六代重胤とその一族・配下が元亨3(1323)年、奥州行方郡(現相双地方)に移住したことにより野馬追いがこの地方に持ちこまれたといわれ、以降代々の相馬氏当主が執行してきた。
 当時は、旧暦五月中の申の日に、野馬追原に放牧されていた馬を追い、相馬氏の氏神である妙見社に馬を奉納する行事を行っていた。野馬追いが途絶えることがなかった大きな要因は、隣国の伊達氏との対立関係にあった模様。武力だけでは太刀打ちできないと考え、学問から礼儀作法に至るまでの精神的な方面も怠ることなく、それに野馬追いの発達も追随した。文参照:
2006年ポスター